ことじ灯籠の片脚はなぜ短くなったのか

兼六園のシンボル「ことじ灯籠」の片脚はなぜ短くなったのか?

加藤 力 北国新聞社出版局 2020年

 

金沢城の「外庭」である兼六園の歴史は1676年に五代藩主

前田綱紀が整備した。霞ケ池北側の虹橋付近にことじ灯籠がある。江戸末期の絵巻では脚の長さは同じ長さだった。いつから片脚が短くなったかその時期や理由は不明。明治6年(1873年)に公園として開放した。

謎について推考する。十二代前田斉広(1822年)頃に

豪商木谷家の分家初代次助が設置。片脚が短くなったのは明治11年(1878年)10月の明治天皇の北陸巡幸の時に天皇の灯籠にふさわしい灯籠として景観を改善するため旧藩前田斉泰が決断した。

 

ことじ灯籠は設置した当初から片脚が短かったと考えていたので、本のタイトルに驚いて手にした。推考する面白さを知った。