気がつけば、終着駅

 佐藤愛子 著 「気がつけば、終着駅」

 中央公論新社 2019年12月

 

 そう努力しているというわけではないのに

自然に順調に欲望が涸れていっていることに満足する。欲望が涸れていくということは、らくになることなのだ。それと一緒に恨みつらみも嫉妬も心配も見栄も負けん気ももろもろの情念が涸れていく。それが「安らかな老後」というものだと私は思っている。「それではあんまり寂しすぎるわ」といういった人がいる。寂しい?当たり前のことだ。人は寂しいものと決まっている。寂しくない方がおかしいのである。(85歳 2009年)

 

 時代のありようがすっかりすっかり変わってしまった。今の世の中の価値観と私は合わなくなってしまった。……今は死なないから生きているだけですよ。長生きしてよかったこと?ひとつある…死ぬことがイヤでなくなったこと。達観といえませんか?それともヤケクソ?心も体も枯れ葉のようになっていく。それが私の理想的な死です。(95歳 2019年)

 オムツを替えてもらうとか、そりゃ嫌だけどしょうがない。感謝して迷惑をかけさせてもらう。オムツを替えてもらうことだけじゃない 生きてるってこと自体人間は迷惑をかけたりかけられたりしているんだもの。

 

 読み終えると著者のことばで 気持ちがすっきりする。ああだこうだ 考えてもしょうがないことをそのまま受け入れることができそう。当たり前!と思おう。若い頃は敬遠していた本も年齢を重ねて読むと いいね!